『レ・ミゼラブル』の楽しみ方<16 コゼット> |
当時、テナルデイエの店は、景気が悪く、困っていた。ファンチーヌの出してくれた57フランで、手形の支払いを済ませたが、翌月、また金が必要になり、おかみはコゼットの衣類を質屋へ持って行き、60フラン受け取った。
それ以後、コゼットは、テナルデイエの子どもたちのお古のスカートや下着を着せられ、食べ物はみんなの残り物、「犬よりは少しましだが、猫よりは少し悪」く、しかも、テーブルの下で、犬猫と一緒に、犬猫と同じ木の皿で食べていた。猫のほうが犬より大事にされたのは、猫がネズミを捕るからであろう。
ファンチーヌからは、毎月、手紙が届き、夫婦はこれに、「コゼットは大変元気です」と返事していた。
1年後、テナルデイエは、月に12フランほしいと手紙に書き、さらに1年後には、15フラン要求するようになった。ファンチーヌは、子どもが幸せで、元気だと思い込んでいたので、申し出に従って送金していた。
コゼットが小さい間は、他の二人の子どもたちのナブリモノになり、少し大きくなると、女中になった。まだ、5歳になる前のことだった。
冬に、まだ六歳にもならない、この哀れな子供を見るのは痛ましかった。穴のあいた古いぼろを着てふるえながら、赤くなった小さな手に大きな箒(ホウキ)を持って、大きな目に涙をためて、日の出る前に店先を掃いていた。
と作者は書く。
『レ・ミゼラブル』の挿絵として多く書かれた中で、一番有名な、エミール・バヤールの絵。
裸足で、身の丈より大きな箒を手にしたコゼットの姿は、ミュージカル『レ・ミゼラブル』の象徴的なイメージとして、劇場の正面看板に描かれ、ポスターに描かれ、上演が世界中に広まるにつけ、この絵もよく知られるようになった。
ふるえ、恐れ、おののいて、毎朝、一番早く眼を覚まして、夜明け前に通りか畑に出ているコゼットを、人々は「ひばり」と呼んだが、哀れな「ひばり」は決して歌を歌わなかった。
歌を歌うことを忘れた「ひばり」の姿が、ミュージカルのポスターになった。
「虐げられるコゼットのイメージは、『レ・ミゼラブル』という作品の枠を越え、ユゴーという作者さえも消し去り、ついには、意地悪な継母と、義姉たちにいじめられるシンデレラの童話と重なって、一つの神話、虐待される子供という神話になった」と、鹿島茂は指摘する。(「『レ・ミゼラブル』百六景」)